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Release: 2020/10/22 Update: 2020/12/15

ピーチアビエーションに学ぶ!旅客船はどのような対応ができるか!?

2020年9月7日、北海道の釧路空港から関西空港に向かうピーチ・アビエーション機内で、乗客の男性がマスク着用を拒否して大声で客室乗務員を威圧したことにより、当初の予定を変更して新潟空港に臨時着陸して男性を降ろすトラブルがあった。

各報道を見てみると、「離陸前に客室乗務員がマスクを着けていなかった男性に対してマスクの着用を求めると、男性が「要請するなら書面を出せ」などと拒否して、釧路空港の出発が約45分遅れた。飛行中も大声を出すなど威圧的な態度が続いたため、機長が航空法で禁止されている安全阻害行為に当たると判断して新潟空港に臨時着陸。マスクをつけない男性に対して航空機を降りるよう求め、男性は応じた。その後、関西空港に向けて出発し、約2時間15分遅れで到着。乗客約120人に影響が出た」という事案であった。

航空機2

航空業界の話だからといって対岸の火事として眺めているのではなく、今回の事案が旅客船であったならばどのような対処が適切なのだろうか。

一般の人が利用しやすいフェリーを題材にして、類似事例を基に検討する。

※フェリー:海上運送法に規定する一般旅客定期航路事業に使用されている船舶

 

2020年×月〇日、A県a港を1900に出港予定のフェリーB丸がいた。B丸は総トン数15000トンクラスの大型フェリーである。この日は、新型コロナの影響のため、旅客定員640人であるが1/3ほどの213人が出発時刻の30分前の1830に乗船した。その際、男性客の一人Xが乗船客が個人の区画へパーテーションがある大人数の大部屋(いわゆる雑魚寝大部屋)にてマスクをせずにくつろいでいた。

Xに対してマスクをしていないことを理由として、強制的に下船させることはできるだろうか。

 

船長には船員法を根拠とする船内強制権が付与されている。多くは海員(乗組員)に対するものであるが、旅客その他の者に適用されるものがある。

船員法第7条

船長は、海員を指揮監督し、且つ、船内にある者に対して自己の職務を行うのに

必要な命令をすることができる。

 

船員法第26条

船長は、船内にある者の生命若しくは身体又は船舶に危害を及ぼすような行為をしようとする

海員に対し、その危害を避けるのに必要な処置をすることができる。

 

船員法第27条

船長は、必要があると認めるときは、旅客その他船内にある者に対しても、前二条に規定する処置をすることができる。

 

現在の新型コロナウイルスの特徴を見ると、感染していても無症状であることもあり特有の症状が出てないために、Xがコロナに感染しているかどうかは見た目ではわからない。

また、マスクを着用していないことを理由に、XだけPCR検査を受けさせたり、受けさせるために下船させることは、人権侵害の度合いが強いように思われる。

マスクを着用することで、飛沫に対する感染防止効果が大きいことは専門家からもお墨付きである。そう考えると、Xがマスクをしていないで他の乗客の近くにいることは、

船内にある者に対して生命若しくは身体に危害を加えようとしている」と捉えることができ、Xに対して、危害を避けるための必要な処置、「マスクをつけて下さい。」と命令することができると考えられる。

 

それでも、マスクの着用命令に従わない乗客に対しては、強制下船させることはできるか。

 

各フェリー会社には必ず運送約款というものを作成・公表しており、これは国土交通大臣の認可を受けなければならないこととなっています。(海上運送法第9条)

とあるフェリー会社の運送約款には、次のように定めています。

第〇条 当社は、 使用船舶の輸送力の範囲内において、 運送の申込みの順序により、 旅客
    及び手回り品の運送契約の申込みに応じます。
2 当社は、 前項の規定にかかわらず、 次の各号のいずれかに該当する場合は、 運送契約
  の申込みを拒絶し、 又は既に締結した運送契約を解除することがあります。

(1)~(2)省略

(3) 旅客が法令若しくはこの運送約款の規定に違反する行為を行い、 又は行うおそれ
がある場合

 

運送約款の他の条項には

 

第 〇条 旅客は、 次に掲げる行為をしてはいけません。(旅客の禁止行為等)

(1)~(10)省略

(11) 他の乗船者に不快感を与え、 又は迷惑をかけること
(12) 船内の秩序若しくは風紀を乱し、 又は衛生に害のある行為をすること。
2 旅客は、 乗下船その他船内における行動に関し、 船員等が輸送の安全確保と船内秩序
 の維持のために行う職務上の指示に従わなければなりません。
3 船長は、 前項の指示に従わない旅客に対し、 乗船を拒否し、 又は下船を命じる

 ことがあります。

やはり大部屋でマスクをしないことは、他の乗客に不快感を与えることになりますし、正当な理由なくマスクを着用しないXを特別扱いすることは、感染防止対策を講じている船内秩序を乱し、衛生に害のある行為となる可能性があります。

 

旅客禁止行為をすることは運送約款の規定に違反する行為であり、既に運賃を払って乗船していても、

フェリー会社は、Xとの旅客運送契約を解除できると考えられます。

運送契約が解除されたXは、正当な理由がないのであれば、船内に留まることはできずに下船しなければなりません。

 

ここで、Xがおとなしく下船してくれれば話は終わるが、ピーチの事例のように

「書面を見せろ」「根拠を示せ」

などと大声で威圧する態度を取って船内に居座り続けたらどうだろうか。

この場合は、まずはピーチの事例のように警察に援助を要請することになると思われます。

船員法第29条

船長は、海員その他船内にある者の行為が人命又は船舶に危害を及ぼしその他船内の秩序を著しくみだす場合において、必要があると認めるときは、行政庁に援助を請求することができる。

 

ちなみに、船内の犯罪取り締まりにおいては一定の大きさの船舶の船長には、犯罪の捜査、犯人の逮捕する権限が与えられている。(刑事訴訟法第190条)

刑事訴訟法に規定されている詳細が次の規定である。

 

大正十二年勅令第五百二十八号(司法警察官吏及司法警察官吏ノ職務ヲ行フヘキ者ノ指定等ニ関スル件)

第六条 遠洋区域、近海区域又ハ沿海区域ヲ航行スル総噸数二十噸以上ノ船舶ノ船長ハ其ノ船舶内ニ於テ刑事訴訟法第二百四十八条ニ規定スル司法警察官ノ職務ヲ行フ

(遠洋区域、近海区域又は沿海区域を航行する総トン数20トン以上の船舶の船長はその船舶内において刑事訴訟法第248条に規定する司法警察官の職務を行う。)

2 前項ノ船舶内ニ於ケル司法警察吏ノ職務ハ甲板部、機関部及事務部ノ海員中其ノ各部ニ於テ職掌ノ上位ニ在ル者之ヲ行フ
(前項の船舶内における司法警察吏員の職務は甲板部、機関部及び事務部の海員中その各部において職掌の上位にある者がこれを行う。)
 
最後に、暴れだしたXが筋肉ムキムキの大男で、周りを見渡すと修学旅行中の女子中学生の団体しかおらず、一般的な体形のあなたしか近くにいなかったらどうだろうか。
航空法の機長の権限と船員法の船長の権限を比較すると面白いことになっています。
 
航空機の機長の権限は
 
航空法第73条の4
機長は、航空機内にある者が、離陸のため当該航空機のすべての乗降口が閉ざされた時から着陸の後降機のためこれらの乗降口のうちいずれかが開かれる時までに、安全阻害行為等をし、又はしようとしていると信ずるに足りる相当な理由があるときは、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持のために必要な限度で、その者に対し拘束その他安全阻害行為等を抑止するための措置(第五項の規定による命令を除く。)をとり、又はその者を降機させることができる。
 
3 航空機内にある者は、機長の要請又は承認に基づき、機長が第一項の措置をとることに対し必要な援助を行うことができる。
機長は、指揮監督権に基づいて他の乗組員へは暴れる者の抑止措置を命じることはできますが、機内の旅客に対しては抑止措置を命じることはできず、援助を要請することのみ可能です。つまり、機内で暴れる大男がいて一緒に取り押さえてくれと言われても、応じる義務はありません。
 
一方、船内は、

船員法第7条

船長は、海員を指揮監督し、且つ、船内にある者に対して自己の職務を行うのに

必要な命令をすることができる。

 

航空法と比べると、船長の権限は絶大です。船の安全を確保するためには、大男を取り押さえなくてはならなくなります。

一度、港を離れると陸上の援助を受けられず、自己完結で次の港まで航海をしなければならないため、このような強い権限が与えられているものと思われます。

 

飛行機を違って、フェリーや客船に乗船される際には、一種の

「覚悟」が必要かもしれません。(笑)

航空機

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